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骨董夢物語

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骨董夢物語
ブログ紹介
主に日本・東南アジア・ヨーロッパなど、各国の骨董品の数々をご紹介するとともに、骨董市情報や日本や韓国の古窯跡の紹介、タイ王国の歴史遺産などもご紹介したいと思います。
 現在7年目、182,000アクセスを突破しました!静かなる愛読者に感謝いたします。こつこつと、そしてしっかりと中身のある内容で、多くの方に楽しんでいただけますように、ガンバリまっス!
私のえっへん!テレビ出演歴は以下のとおりです。
平成8(1996)年5月2日 TBS『グラフティー96』 
平成9(1997)年1月14日 テレビ東京『開運!なんでも鑑定団』
平成9(1997)年8月7日 Tokyo MXテレビ『テレビ骨董市』
平成9(1997)年9月  成田ケーブルテレビ『ヒューマン』 
平成24(2014)年7月15日 テレビ東京『開運!なんでも鑑定団』
1回目の鑑定団では『西洋人形(ビスクドール)』を、2回目の鑑定団では『アユタヤの川から揚げた青磁鉢』を紹介する事ができました。とてもありがたく、感謝の思いでいっぱいです。
その他2016年2月に、成田市文化芸術センターで開催されました『埴輪の世界・陶磁器の世界』展の陶磁器部門で約200点程の東南アジア陶磁器および肥前陶磁器を解説と共に出品しました。
妹ブログ『骨董夢物語博物誌』も、よろしくお願いします。
2015年12月にネームを妹ともども『JUDIA』(=ユディア・中世オランダ語の「アユタヤ」の意味)に変更しました。


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タイトル 日 時
韓国陶磁器の旅ヱの20 〜全羅北道・全羅南道編の9〜
韓国陶磁器の旅ヱの20 〜全羅北道・全羅南道編の9〜  忠考洞古窯跡群。ここは大変興味をそそられる場所でありましたが、地図上では一本の奥深い山道で距離感も時間も見当がつきませんでした。しかも頼るべき地図は大雑把に記入されたものばかりで、難儀しそうでした。⇒日本語版「光州」光州広域市より⇒カーナビは国道25号線を通り、光州湖を北から南へ大きく迂回する行路を示し、これに沿って走りました。しかし、市街地の東から北へ進む進路をインプットしておいた私の頭と真逆の方向から当地に入ったことで、私はいっぺんに方向感覚を失ってしまいました。湖の南端・韓国歌碑文学館... ...続きを見る

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2016/09/19 21:16
韓国陶磁器の旅ヱの19 〜全羅北道・全羅南道編の8〜
韓国陶磁器の旅ヱの19 〜全羅北道・全羅南道編の8〜  8月25日(木)のこの日は、国立光州博物館および忠考洞古窯群の見学です。前日は市内のシングル・モーテルでしたが、今回の大失敗の一つは、韓国用切り替えコンセントを忘れたことでした。地方に行ったら必需品ですよね。その為、デジカメやのバッテリーやらが充電出来ず、思う通りの写真が取れませんでしたので、nazonazo 様の写真をお借りすることになりました。⇒中興山城双獅子石灯(統一新羅)⇒青銅仏龕金銅阿弥如来三尊坐像(朝鮮)鉄造如来坐像(高麗)⇒この博物館には日本語のリーフレットがあり、1階が先史・... ...続きを見る

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2016/09/12 21:46
韓国陶磁器の旅ヱの18 〜全羅北道・全羅南道編の7〜
韓国陶磁器の旅ヱの18 〜全羅北道・全羅南道編の7〜  残りもう一つの見学地は、『扶安(プアン)鎮西里(チンサリ)青磁窯跡群』ですが、午後も遅くなり、タイムリミットも迫っていました。しかしこの地もたどり着くのに難航、土地の人数人に聞きましたが、国道30号線を行ったり来たりの繰り返しばかりで、もはや何の頼りになりません。そこで自分を信じて、最後の切札にと用意したグーグルの地図とコネストを重ねた図面の地点に照準をあわせ、細い農道に入り込みました。その地区の畑地には青磁の小破片が散らばっていました。正解!この場所は間違いなく鎮西里窯群の中心でした。 ... ...続きを見る

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2016/09/07 00:23
韓国陶磁器の旅ヱの17 〜全羅北道・全羅南道編の6〜
韓国陶磁器の旅ヱの17 〜全羅北道・全羅南道編の6〜  扶安青磁博物館近くの食堂で海鮮うどんを堪能した後、博物館に近いと思われたコネスト「扶安(プアン)柳川里(ユチョンリ)陶窯址」を目指して車を進めましたが、最初はるかに行き過ぎて悼Y湾に出てしまったため、土地のひと複数人に道を聞くと、皆博物館の方向に逆戻りの地図を描きます。おかしい・・と元来た道をぐるぐる回ると、グーグル写真でインプットしておいた台地が見えたので『ここだ!』と確信するまで、約2時間経過。農道などに落ちている磁器を観察しているうちに、nazonazo様が「コレ、白磁じゃん・・」とが... ...続きを見る

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2016/09/06 00:35
韓国陶磁器の旅ヱの16 〜全羅北道・全羅南道編の5〜
韓国陶磁器の旅ヱの16 〜全羅北道・全羅南道編の5〜  扶安青磁博物館の続きになります。このコーナーはコレクターの寄贈品が中心(ミョンプンコレクションと解説員が言っていました)ですが、これがまた超逸品!⇒この碁盤は左端が本物ですね。⇒2階の最終コーナー近くに、硬質ガラスの床下に窯址の復元が見られる様な展示方法がありました。これはタイのスパンブリー博物館(バン・バンプーン窯)でも見られた手法です。ガラスが割れないかドキドキしますね。⇒これらの展示は2階が中心ですが、1階に降りると、ジオラマや新安沈没船のコーナー、現代青磁のコーナーなどでした。また、... ...続きを見る

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2016/09/05 13:03
韓国陶磁器の旅ヱの15 〜全羅北道・全羅南道編の4〜
韓国陶磁器の旅ヱの15 〜全羅北道・全羅南道編の4〜  次の日は扶安青磁博物館と周辺の古窯群を見学しました。思うに、一地方で専門の立派な博物館が建っているということは、その土地には『これがあるんだゾ。』と言う代名詞みたいなもので、当該地域が青磁の一大産地として存在していたことを窺わせます。それは、同じく青磁博物館が建つ康津地域と双璧をなすもので、韓国の高麗時代には扶安・康津に青磁二大産地があったと推察されます。⇒青磁碗の形をした博物館⇒館内では解説員の男性が始終ついて下さいましたが、いかんせん説明が韓国語。こちらが聞きたい質問の解説のみを注意深く... ...続きを見る

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2016/09/03 01:28
韓国陶磁器の旅ヱの14 〜全羅北道・全羅南道編の3〜
韓国陶磁器の旅ヱの14 〜全羅北道・全羅南道編の3〜  海南郡珍山里(チンサリ)青磁窯址は、nazonazo様の情報を元に、コネスト韓国地図、およびブログ「時のかけら〜統制陶器〜・海南郡珍山里窯跡をたずねて」であらかた内容を掴むことができましが、国立海洋文化財研究所からはかなり距離がある(往復およそ30`)ように思え、また現地に行ったとしても看板一つだけを見るというなさけない結果になりそうで、私は現地へ行くことに少しためらいがありましたが、「ここまで来た以上、とにかく行こう!」ということになり、車を走らせました。2号線から810号線、49号線の途... ...続きを見る

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2016/09/01 23:54
韓国陶磁器の旅ヱの13 〜全羅北道・全羅南道編の2〜
韓国陶磁器の旅ヱの13 〜全羅北道・全羅南道編の2〜 「国立海洋文化財研究所」編の続きの写真は沈没した「新安船」の一部復元された船体です。  この『新安沈没(あるいは海底)船』は、中国元時代に建造された現在で言うところの「ジャンク船」で、約200トン級三本マストの遠洋航海用帆船でした。1323年に中国の寧波(現浙江省寧波市)を出港し、日本に向かう途中で嵐に合い、流されて全羅南道新安郡智島邑道徳島沖の海底に沈みました。積荷には1万8000点におよぶ青磁や白磁などの陶磁器、約25トン・800万点といわれる銅銭や紫檀の木材などが満載されていました。... ...続きを見る

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2016/08/31 05:39
韓国陶磁器の旅ヱの12 〜全羅北道・全羅南道編の1〜
韓国陶磁器の旅ヱの12 〜全羅北道・全羅南道編の1〜  超多忙の日々ですが、その合間を縫うように、8月22日(月)から8月27日(土)までnazonazo様と全羅北道・全羅南道を見学する事になりました。主な行程はソウル〜木浦〜扶安〜光州〜ソウル間の博物館と窯跡です。今回はかつて回った康津(カンジン)周辺というような集中箇所ではなく、かなり広域を巡るハードな旅で、しかも窯跡が博物館から離れていて、事前にかなり入念に調べたのですが、結果惨敗。その話は後ほど。  まずは嵐を呼んだ旅立ち。運悪く台風9号が出発時刻頃に成田を直撃し、どうすることも出来ない... ...続きを見る

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2016/08/29 22:38
「雲龍文」ではなく「玉追い龍文」では?
「雲龍文」ではなく「玉追い龍文」では? タイへ渡った日本陶磁器のうち、「雲龍見込荒磯文」と言う文様タイプの磁器があります。このタイプの文様の磁器は広く東南アジアにも輸出されていて、その資料は港湾を中心に見られます。何故この手が多く見られるかと言うと、大橋康二 2004 「海を渡った陶磁器」 吉川弘文館歴史文化ライブラリー177 124頁によると、『中国磁器の碗の代替品として第一にこの見込荒磯文碗が選ばれて肥前に対して注文されたに違いない』とされていて、私の手元にある碗にもこの手が多く見られます。ところでこの碗の外面に描かれている「... ...続きを見る

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2016/06/08 02:02
その名はフェイク仏
その名はフェイク仏  先のギャラリートークの時配布した資料の中に、「どうしたらその国の陶磁器だと判かるのか?」の項目を設け、以下のように書きました。 ...続きを見る

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2016/05/06 12:44
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のX
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のX 3月からは成田市下総歴史民俗資料館で展示開始です。期間は4月3日(日)までです。但し、展示スペースの関係から展示品は1/2となりました。しかし今回の企画はこの資料館で行う予定でしたので、ギャラリーは思いっきり背伸びさせていただいた感があります。少しもの足りないかもしれませんが、ご容赦のほどを・・。 ...続きを見る

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2016/03/21 00:45
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のW
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のW 先月の2月21日(日)は、ギャラリートークがあり、多くの方が訪れていました。この成田市文化芸術センタースカイタウンギャラリーでの展示は2月28日(日)に終了しました。約一ヵ月間の来館者数は、1,500名を超えたとのことです。3月からは引き続き成田市下総歴史民俗資料館において展示されます。 ※また、当日用に配布された資料です。※「陶磁器の世界」展示場にて ...続きを見る

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2016/03/20 09:59
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のV
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のV  ⇒残りのコーナーです。日本では、特にタイから採取した陶磁器を紹介しました。破片ですが、私が特に力を入れたかったコーナーです。⇒アユタヤ・チャオプラヤ―川から揚がった「武雄系唐津」です。「古武雄」の名称も検討しましたが、生産地などの問題点もあり、少し慎重に言葉を選びました。⇒後列右に、今回ピサヌロークのナン川から揚がったと言う磁器を至急参戦させました。採取磁器片は200点ほどあり、分析を進めているところです。⇒左にはアユタヤ・チャオプラヤ川採取の肥前系磁器を並べました。⇒採取状態の写真です。⇒... ...続きを見る

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2016/02/20 20:25
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のU
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のU  引き続き展示会をお楽しみ下さい。⇒中国・ベトナムのコーナーです。⇒展示会直前にタイっで購入したベトナム魚文の皿です。一点モノとして映えましたね。⇒ベトナム・中国の小物です。⇒ハイ!鑑定団の「ラーメン丼」、龍泉窯鉢です。⇒朝鮮半島の陶磁器も少し展示しました。⇒もとに戻りますが、タイの焼締陶器を中心に展示した。⇒窯跡・川揚げなどのパネル写真です。⇒続く! ...続きを見る

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2016/02/11 22:27
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のT
あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のT 展示会の候補となった陶磁器を紹介しているうちに、タイムリミット。早すぎるぅ〜!それでは会場にどうぞ! ⇒まず、外観からどうぞ。JR成田駅脇です。⇒私は「陶磁器の世界」担当ですので、このコーナーへどうぞ。流れは、国別にミャンマー➡タイ➡カンボジア➡の順です。⇒蟋蟀容器では、パネルの挿絵も作って頂きました。ありがとうございます。⇒続きます。 ...続きを見る

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2016/02/10 01:09
今年もよろしくお願いします。〜多彩人物文陶板〜
今年もよろしくお願いします。〜多彩人物文陶板〜  新年おめでとうございます。昨年後半は忙殺されてしまい、愛読者様にご迷惑おかけしました。今年も2月〜3月にかけての展示会準備と、出だしからいきなり多忙の日々となりました。時間を見てブログも全力投球します。  大晦日、いつものように「成田オークション」に顔を出しました。一巡すると、店の奥に無造作に置かれている陶板を発見。鑑定書には加藤卓夫(人間国宝・大正6(1719)年〜平成17(1736)年)のお品書き書と実印が。愛知の骨董情報に精通している御主人曰くに『本人が資料のために所蔵していたので... ...続きを見る

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2016/01/03 13:15
展示会出品リストの4 ―タイ陶磁器C―
展示会出品リストの4 ―タイ陶磁器C―  その4は、焼締系の最後です。 13褐釉双耳壺 生産地:タイ・ノイ川窯址群 15世紀〜16世紀 口径12.5,器高27.9,底径11.1(cm) タイ・アユタヤ チャオプラヤー川出土  14 灰釉双耳壺 生産地:タイ・ノイ川窯址群 15世紀〜16世紀 口径8.1,器高26.1,底径10.6(cm) タイ・アユタヤ チャオプラヤー川出土  15褐釉双耳壺 生産地:タイ・ノイ川窯址群 15世紀〜16世紀 口径7.8,器高27.3,底... ...続きを見る

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2015/12/30 13:25
展示会出品リストの3 ―タイ陶磁器B―
展示会出品リストの3 ―タイ陶磁器B―  リストのBです。 10 叩目文土器壺(ハンネラ手) 生産地:アユタヤ近郊窯群 17世紀前半 口径14.1,器高18.1(cm) タイ・アユタヤ チャオプラヤー川出土 11 叩目文土器壺(ハンネラ手) 生産地:アユタヤ近郊窯群 16世紀後半 口径16.6,器高21.6(cm) タイ・アユタヤ チャオプラヤー川出土 ...続きを見る

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2015/12/28 02:49
展示会出品リストの2 ―タイ陶磁器A―
展示会出品リストの2 ―タイ陶磁器A―  リストのAです。8 無釉焼締貼花文壺 タイ・シィー・サッチャナーライ窯址群 14世紀〜15世紀 口径21.4,器高31.2,底径18.2(cm) 伝:タイ・ターク山中出土 9 無釉焼締貼花文壺 タイ・シィー・サッチャナーライ窯址群 14世紀〜15世紀 口径16.7,器高26.3,底径9.5(cm) 伝:タイ・ターク山中出土 ...続きを見る

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2015/12/23 20:55
展示会出品リストの1 ―タイ陶磁器@―
展示会出品リストの1 ―タイ陶磁器@― 『2月から3月にかけて展示会をやるので、出品してくれないか。』とのこと。私は東・東南アジアの陶磁器を蒐集していますが、展示品として耐えうる一級品は所有していません。しかし、多くの人に見ていただけるならばと、恥を忍んで100点以上の陶磁器をリストアップしました。はじめにタイ陶磁器を紹介します。1 褐釉四耳壺 生産地:タイ・ノイ川窯址群 15世紀〜16世紀 口径16.7,器高26.3,,底径9.5(cm) タイ・伝サッタヒップ沖海底出土 2 褐釉四耳壺 生産地:タ... ...続きを見る

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2015/12/21 01:57
アユタヤ・フォアロー市場で購入したラッタナ仏
アユタヤ・フォアロー市場で購入したラッタナ仏 5月12日(火)のアユタヤ・フォアロー市場で、ある仏様との運命的な出会いがありました。 その日はとても暑く、お店も早じまいの感がありました。仕方なく早足で回っていると、プラクルアンなどを中心としたエリアで、大きな仏様がエアパッキンの上に無造作にごろりと置かれていました。一見して派手なラッタナ仏。時代もありそうですが、この手の仏様も現在は高くなっていると聞いておりましたので、『届かないだろう』と思いつつも念のため値段を聞いたところ、「4000B、いや3000Bでイイョ。」との事。詳細な確認も... ...続きを見る

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2015/07/13 22:29
骨董を含むアユタヤ・フォアロー市場の朝市の2
骨董を含むアユタヤ・フォアロー市場の朝市の2  12日(火)は夜中の帰国でしたのでEMSを1箱アユタヤの郵便局に預け、フォアローの午前中の市場に急ぎ向かいましたが、時間が10時過ぎとなり、しかも気温が40度にも届こうかと言う悪い状況が重なって、早々の店じまいの途中でした。出店も少なかった様です。⇒今回目に入ったのは、真鍮製のいわゆる『南蛮砂張』。味のある渋いものですが、小さいものはまだ手の届きそうな金額の範囲で楽しめる様です。あとはラッタナー仏。これは後ほど紹介します。⇒帰り仕度も出来て、昼過ぎにアユタヤを離れました。荷物が多くなったので... ...続きを見る

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2015/06/29 11:12
続・アユタヤの川揚げヱの34 ―日本人町近く―
続・アユタヤの川揚げヱの34 ―日本人町近く― 11日(月曜日)は、nazonazoさんが参加されての川揚げとなりました。昨日は私から「日本人町近く」を指定しておきましたので、朝食後さっそく現地に向かいました。⇒気が付くと日本人町下方約1km付近に新たな橋を建設中でした。景観が変わるな〜。⇒唐津陶片も揚がりました。ここは比較的美しい状態の陶片が揚がります。また、龍泉窯青磁もよく揚がる場所ですが、今回は美しい唐津陶片と元の龍泉窯青磁などをnazonazoさんがお持ちになりました。彼のブログで紹介されています。⇒川揚げ最終日の船場食です。⇒今... ...続きを見る

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2015/06/23 22:38
続・アユタヤの川揚げヱの33 ーワット・カイティア付近―
続・アユタヤの川揚げヱの33 ーワット・カイティア付近― 10日は、日曜日にもかかわらず川揚げです。10月頃の洪水や、1月頃の水の冷たい時期に潜れない事を考えると、無理もないことですね。ワット・カイティア付近は、中国・ベトナム陶磁器に混じって肥前陶磁器も若干揚がりますが、それ以外にも銅鑼など面白い遺物も揚がります。⇒これは「船釘」と言ってました。沈没船でもあるのでしょうか。⇒模造銭ですね、これはよく見かけます。⇒華南三彩皿?でしたかね。珍しい柄です。⇒唐津もちらほらと揚がっています(最近驚かない自分が怖い)。ここで揚がる唐津は焦げた?ものが見られる... ...続きを見る

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2015/06/14 13:07
5/9チャウトゥチャ市場【周辺】状況
5/9チャウトゥチャ市場【周辺】状況 9日の土曜日はPOMさんが出店のため、同乗しグルンテープへ。午前中だけですので、急ぎ足で市場外側の露店を回りました。私がご紹介できる範囲は、ガンペーン・ペッ通りとパホンヨーティン通りが接する角地からBTSスパンクワイの間です。この通りはガンペーン・ペッ通りの業者が移動したこともあって、以前にも増して賑わっています。⇒プラ屋(お守り売り)はこの通りの中心かもしれません。⇒ジャンクあり、骨董あり、ワンダーランドです。いわゆる高級骨董とは無縁ですがね・・。⇒これ、どっかで見たことある車なんだけど... ...続きを見る

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2015/06/09 11:30
続・アユタヤの川揚げヱの32 ―ポムベット砦付近の川揚げ―
続・アユタヤの川揚げヱの32 ―ポムベット砦付近の川揚げ― 8日(金)の川揚げは、ポムベット砦近くです。 Pom Phet Foortresw【ポムぺット要塞(砦】は、東南部のロップリー川とチャオプラヤー川が合流する地点に位置します。環濠都市を守る要塞はチャクラパット王・マハータンマラーチャー王の代に、城壁や要塞(砦)を木造からレンガやラテライトで築き直し、西洋風の要塞(砦)は島を取り巻く様に二十数ヵ所築かれ、壁に沿って800門の大砲を配備したと言われます。これらの城壁や要塞(砦)に使用したレンガやラテライトは、1767年にアユタヤ王朝が滅亡して以... ...続きを見る

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2015/06/08 18:42
続・アユタヤの川揚げヱの31 ―ワット・ラムニー付近の川揚げ―
続・アユタヤの川揚げヱの31 ―ワット・ラムニー付近の川揚げ― この日は、アユタヤ環濠地域を離れて、チャオプラヤー川を遡ってアントーン近くまで陸路で行き、繫留していたワット・ラムニー付近での川揚げとなりましたが、地図上で捉えられない寺名です。アバウトな位置関係は分かるのですが・・。⇒作業開始です。中国産褐釉短頸壺が揚がっています。⇒遺物だけが船先からにゅ〜っと・。これはタイ語の「モー・ナム・ターン」土製鍋ですね。⇒「タァーさん、何?」「これだよ、ガー(土瓶)!」「いいね!(これ、ユアック・ゲーオ・グンディ【ケンディ形水差し】じゃん・・)」と... ...続きを見る

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2015/06/01 00:53
続・アユタヤの川揚げヱの30 ーワット・タ・ウェイのチェディ出土のせん仏 ―
続・アユタヤの川揚げヱの30 ーワット・タ・ウェイのチェディ出土のせん仏 ―  5月は6日(水)から13日(水)までアユタヤへ行ってきました。連休中はお土産品を揃える目的で幕張のビッグサイトフリーマーケットへ行き、また骨董品では平和島全国古民具骨董まつり、果ては東京プリンスホテルのザ・美術骨董ショーまで足を延ばしましたが、節約のため、骨董品はほぼ何も買えずに退散しました。 さて、出国の日となりましたが、最近はその日の夕刻にアユタヤに着く様に、昼のTG641便を使います。スワナプーン空港からドンムアン空港までタクシー、ドンムアン空港からドンムアン駅へ陸橋で移動し、SRT... ...続きを見る

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2015/05/25 23:39
川揚がり銅鑼その後 ―砂張銅鑼―
川揚がり銅鑼その後 ―砂張銅鑼―  1月26日(月)に揚がった『銅鑼』。その後調べて見た処ところ、類例を発見しました。その類例は、本多 弘(著) 2001 「南海の美術工芸」 里文出版の『Y 砂張・南鐐』の66頁にありました。同書によりますと、これは「砂張銅鑼」と呼ばれる類です。砂張(佐波里・沙波里=さはり)とは、銅に錫や鉛(銀)を加えた黄白色の合金の事で、インドや中国の鋳造技術の基本となり、その影響を受けた東南アジアや中近東の諸国が、独自に製作技法を展開してゆきました。わが国においては、東南アジア諸国の製品がポルトガルやオラ... ...続きを見る

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2015/04/26 20:20
続・アユタヤの川揚げヱの19
続・アユタヤの川揚げヱの19  アベックの舟渡しで時間的ロスが生じましたが、最終日の川揚げ開始です。⇒シィー・サッチャナーライ双耳壺が揚がりました。⇒定番のハンネラ壺です。⇒そうこうしているうちに、お昼時となりました。適当な時間に頂くのは定番のカオパット。⇒「これも食べてみな。」と渡されたマメ科の様な食べ物。ピーナッツに似た味でしたが、後で調べてみると、タイ語のマカームテート(มะขามเทศ)=『タマリンドの仲間』ではないかと... ...続きを見る

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2015/04/04 00:55
続・アユタヤの川揚げヱの18 ーポルトガル人町居留区ー
続・アユタヤの川揚げヱの18 ーポルトガル人町居留区ー いざ川揚げへ!と乗船しようとしたところ、日本人町にいたアベックから、「対岸に渡してほしい。」と申し入れされたので、まずアベックを対岸のポルトガル人町に渡すことにしました。また、ほど良い頃にポルトガル人町のアベックを日本人町に戻す約束であったようで、舟中の私をポルトガル人町に置いて、アベックを再びに日本人町へ渡しました。この時間的ロスが幸いして(?)、私は少しの間『ポルトガル人町』見学をすることが出来ました。 ⇒日本人町からポルトガル人町を望みます(中央の白い建物の位置です)。⇒今度はポルト... ...続きを見る

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2015/03/29 01:46
続・アユタヤの川揚げヱの17 ―日本人町の現状―
続・アユタヤの川揚げヱの17 ―日本人町の現状― 今回は「パイ、ムバン・イープン!」とリクエストしておきましたので、日本人町からの出航となりました。日本人町はどうなっているのか、平成24年6月26日(火)に皇太子が訪地されて以来気になっているところでした。⇒日本人町概要地図です。⇒入り口です。奥は「アユチャ日本人町の跡」の碑です。⇒南側庭園の中心歩道部分です。⇒庭園西側から泰日協会展示館を望みます。⇒泰日協会展示館からアユタヤ歴史研究センター別館方向を望みます。⇒庭園南側は工事中でした。⇒西側側寄りから泰日協会展示館を望む。⇒同じく西側川岸... ...続きを見る

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2015/03/23 01:11
ワット・ヤイ・チャィ・モンコンで朝食
ワット・ヤイ・チャィ・モンコンで朝食 28日(水)は川揚げ最終日です。この日夜に日本に帰ります。朝食は、POMさんの自宅近くの『ワット・ヤイ・チャイ・モンコン』(Wat Yai Chai Mong Kong)で取りました。自宅近くに有名な旧跡があるというのもすごいことです。⇒この『ワット・ヤイ・チャイ・モンコン』のスリランカ風大仏塔はやや傾いている特徴があります。⇒入り口の食堂で、朝食定番のカオ・パットです。ここも薄味で美味しかったです。⇒『ワット・ヤイ・チャイ・モンコン』の東側は水堀に囲まれていて、寺院裏手にナレンスワン王とラ... ...続きを見る

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2015/03/20 00:06
骨董を含むフォアローの定期市
骨董を含むフォアローの定期市 27日の火曜日は、CHANTARAKASEM NATIONAL MUSEUMの北側に位置するHUA RO MARKETで、骨董品を含む定期市が開かれる日です。市は午前中のみですので速足で回りましが、その一部をご覧下さい。⇒今回は、練り物(?)の上を銀紙で包んだ小さな仏様がを購入しました。※全長10.2p、台座部長さ5.1p、幅4.9p、厚さ2.9pで、半跏趺坐、降魔印。やや面長の卵形で、顔の作りは小さく、目・鼻・口ははっきりしています。尖頭冠、幅広のサンカティ。帰属時代は難しいですが、アユタ... ...続きを見る

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2015/03/17 00:00
続・アユタヤの川揚げヱの16
続・アユタヤの川揚げヱの16 翌日の川揚げは日本人町よりも更に下ったワット・カイ・ティア近くに碇を降ろしました。この地点は古武雄がまとまって出土した地点で、期待が膨らみます。 ⇒まずは川の神様に対する聖賢なお祈りから。⇒神掛かりの勢いなのか、あまり間を置かずにシンブリーの大壺(ノイ川窯系四耳壺)を揚げてきました。川底から引き上げるのだから、かなり重いだろうな・・。⇒残念ながら、口縁部から胴上半部の1/2程が欠けていました。大きくて持って帰れませんでしたが、このノイ川系窯四耳壺は堺環濠都市遺跡(SKT202SK28・15... ...続きを見る

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2015/03/08 23:50
続・アユタヤの川揚げヱの15
続・アユタヤの川揚げヱの15 翌25日(日)は、川揚げに向かいました。日曜日の休みの日なのに申し訳ないなと言う気持ちでいっぱいでしたが、川揚げ人の動きが鈍く、しかも舟のエンジンのバッテリーが上がってしまって、出航まで2時間を要しました。1月は気候的には暑いのですが、川の中の水が冷たいので、川揚げに向いていないと言えます。 ⇒やっと出航!何も言わなくても日本人町近くに碇を降ろしました。⇒空気管も調子悪い様です。⇒ようやくモノが動き出しました。ニューが入っていますが、ヴェトナム産の茶碗の印判手染付茶碗と思われます。⇒私が「... ...続きを見る

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2015/03/06 04:04
バン・パインのサイクリング歴史公園
バン・パインのサイクリング歴史公園 1月24日(日)のチャウトゥチャ外側市場は、いつものように午前中で切り上げてアユタヤに戻りました。POMさんは最近サイクリングに凝っているらしく、夕方近くにパン・パイン宮殿近く(?)のサイクリング公園に行きました。この公園は、タイの歴史テーマパークの様で、歴史的な伝統家屋やワット・プラ・シー・サンペットのチェディや、ワット・ロカスタヤの涅槃仏などの復元物が集合していました。地元タイ人達のいこいの場に感じられ、よほどのことがない限り外国人は足を運ばない場所だと思います。現在、地図上でもこの場所... ...続きを見る

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2015/03/02 23:46
パホンヨーティン通り骨董通りの『まじない布』
パホンヨーティン通り骨董通りの『まじない布』 パホンヨーティン通り骨董通りのあるお店で、『まじない布』を買いました。このお店の品物の流れを見ていると、最初は青銅仏などがありましたが、次に木製仏が中心になり、それが終わるとまじない布中心になりました。この様な骨董品の流れは、品薄とも言われる現在のタイ市場の動向を見ているようです。しかし『まじない布』もよくよく見ると面白い図柄が多く見られ、壁掛けにしても面白いかもしれませんね。それらの種類をご紹介します。※これらは『まじない布』の内でも新しい類に入りそうです(19世紀以降)。ナンクワットなど... ...続きを見る

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2015/02/24 01:23
チャウトゥチャ市場とその周辺で入手した木製品彫物部材4点
チャウトゥチャ市場とその周辺で入手した木製品彫物部材4点 グルンテープ・チャウトゥチャ市場内とパホンヨーティン通りで、味のある木製品彫物部材を入手しました。 ⇒この木製品部材は掛物でしょうか。全長58.3pと長い部材です。欠損部分が見られますが、ガルーダとナーガが躍動的に彫られています。⇒ソケット状の木製彫物部材農夫像です。躍動的で、ターバンの巻き方に特徴があって、ビルマ国内か周辺地のモン族を思わせます。全長35.5p。⇒次の2点は、チャウトゥチャで昔からの馴染みで、木製品などを購入しているメンさんのお店です。ひと頃より味のある木製品がめっきり少... ...続きを見る

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2015/02/23 09:47
赤玉ポートワイン 〜Delicious-Nourishing〜
赤玉ポートワイン 〜Delicious-Nourishing〜 いつものように『成田オークション』にふらりと立ち寄った処、奥の部屋からご主人が「赤玉ポートワイン」を出してきました。「どう?珍しいでしョ」と、いつもの名調子のうんちく。『そりゃもう、今テレビで話題のアレですよね・・』と柳ゆり菜チャンのポスターを思い出しました。「まぁ、高価な骨董ですね・・。」と眺めていたところ、破格の売値を提示。「でも、そんな価格じゃ、お店の儲けにならないですよォ。」と敬遠しました。その時は、『お好きな方の手元に行かれた方がいいだろう』ぐらいの感触でした。  この流れが変わ... ...続きを見る

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2015/02/21 03:05
チャウトゥチャ市場外側歩道の変貌
チャウトゥチャ市場外側歩道の変貌 1月24日(土)は、POMさんが毎週のグルンテープ・チャウトゥチャ市場に出店する日でしたので、アユタヤから車で便乗させて頂きました。市場の外側歩道がいつもの定位置でしたが、その歩道の露店が一掃されてしまったとの情報が入っていましたので、それも確認したかったこともありました。 ⇒ここはかつてカンペン・ペッ通りの露店の並んでいた外側の歩道。寂しい限りです。この露店を排除したことで、内側のソイ1からソイ6は影響が出なければ良いのですが・・。⇒POMさんのお店は、カンペンペット通りとパホンヨーティ... ...続きを見る

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2015/02/12 00:58
大江戸骨董市で李朝粉青沙器無地扁壺を買いました。
大江戸骨董市で李朝粉青沙器無地扁壺を買いました。 書き忘れましたが、昨年の12月の大江戸骨董市で、李朝粉青沙器無地扁壺を買いました。ご主人は『底部高台底面内部に釉薬が掛かっていますが、焼き上がった後に手を加えてしまったらしい』として、意外と安い値段で有難く購入させて頂いたものです。私から見ると、その釉薬の溜まりは焼成時に着いてしまったもので、何の不思議もなく受け入れることができました。ご主人が売る際に、不良品でマイナス面と少しこだわり過ぎたのかな?と思いました。 【李朝粉青沙器無地扁壺】です。口径3.9p、器高16.4p、高台部の高さ0.... ...続きを見る

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2015/01/17 03:23
骨董ジャンボリーで堅手李朝茶碗を買いました。
骨董ジャンボリーで堅手李朝茶碗を買いました。 平成27年1月10日(土)・11日(日)は東京ビックサイトで骨董ジャンボリーが開催されました。参加店舗500軒、やはり日本一の骨董市ですね。今回は時間があったので、じっくりと回ることにしました。あるお店で器の裏に□万円、表に本日□千円と堂々の格安値段。『いやまてよ、元々□千円程度のものを□万円に見せかけていたら・・。』など考える余裕もありました。3時間後、的を数点に絞り込みました。初めのお店は、「倭館窯産碗」。店主が品物を正しく理解し、品物もまじめなモノでしたが、金額が折り合わず断念。次は、... ...続きを見る

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2015/01/14 02:44
タイ王国アユタヤで採取した肥前陶磁器U
タイ王国アユタヤで採取した肥前陶磁器U 広義の肥前陶磁器の中でも、『古武雄』と言う分類が近年言われはじめています。古武雄は『江戸時代の武雄地域のやきものの総称』で、『唐津焼と言う肥前陶器の総称の範疇にあって、江戸時代武雄領を中心とした唐津焼でも特徴のある一群で、対象となる時代は、16世紀末から江戸時代末期』とされています(九州国立博物館 2013 「古武雄」より)。その特徴をもつ古武雄大鉢が、アユタヤ川揚げでも確認されています。正直なところ、『まさか出ないだろう』と思っていた古武雄が、十数回の川揚げの立ち合いで見れるとは思いもしま... ...続きを見る

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2015/01/13 00:12
タイ王国・アユタヤ川揚げで採取した瀬戸美濃産陶磁器
タイ王国・アユタヤ川揚げで採取した瀬戸美濃産陶磁器 佐賀県九州陶磁文化館 1990 「海を渡った肥前のやきもの展」によると、タイ中央国立博物館に1830年〜1870年の色絵磁器が掲載されています(153頁〜155頁)。アユタヤ王都がビルマ軍により陥落した1767年以降、王都はアユタヤからトンブリー王朝(1767年〜1782年)を経て、現在のグルンテープにチャックりー王朝(別名ラッタナーコーシン王朝)が成立しました(1782年〜現在)。同王朝には、日本からも幕末頃に色絵磁器が持ち込まれたことが分かります(但し製作年代と使用年代に差がありますが)... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/01/12 02:00
タイ王国・アユタヤ川揚げで採取した肥前陶磁器T
タイ王国・アユタヤ川揚げで採取した肥前陶磁器T 今年もよろしくお願いします!ちょうど140,000アクセスを超えた処です。  年初は、発表を控えたアユタヤ川揚げ採取資料の肥前陶磁器を載せます。 タイ王国・アユタヤから肥前陶磁器が出土することは、古くから知られていました。陶磁器の類例の多くは、佐賀県県立九州陶磁文化館 1990 『海を渡った肥前のやきもの展』で見る事が出来ます。では、その事実は、アユタヤで出土する肥前陶磁器について、「もうすべてが分かった」事とすることが出来るでしょうか?確かに、歴史大系的な流れは、大橋康二(著) 200... ...続きを見る

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2015/01/07 23:33
大江戸骨董市とタイ仏像
大江戸骨董市とタイ仏像  新井薬師骨董市を後にして、大江戸骨董市に向かいました。山の手線で約半周、少し時間を要しました。市をしばらく歩いていると、仏像が目に入りました。見慣れたスタイルで、一見してそれはタイ仏であることが分かりました。手に取らせて頂き、ルーペで眺めえていると、何かしっくりこない。『買うのやめようかなぁ』と迷っていると、それを見ていたご店主、「○○円、いや○○円でいいから・・」とガクンと値段を落としたので、「買ってから考えます。」と答え、持ち帰りました。そこでサビ落としを敢行!しばらくすると青銅に当たる... ...続きを見る

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2014/12/31 03:13
一草庵蔵井戸脇茶碗 銘『滝川』
一草庵蔵井戸脇茶碗 銘『滝川』 新井薬師骨董市は大した収穫ナシで終わるのか・・と思いながら山門をくぐって帰路に着こうとしたところ、山門脇の奥の方で、店主とお客がと茶碗をやり取りしていました。そのやり取りを横目に、お客様が一頻り終わったところで覗き込むと、『井戸脇茶碗』と箱書きされた大きな箱が見ました。「見せてほしい。」とお願いしたところ了解されたので、箱を開けると大振りの高麗茶碗が出てきました。ご主人から「大振りだから、おそらく一草庵で回し呑みしたと思いますョ」との説明。『一草庵?』この時はあまりよく分からず、ただただ大振... ...続きを見る

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2014/12/30 03:08
新井薬師骨董市と柿の蔕香合
新井薬師骨董市と柿の蔕香合 12月の第1日曜日、久々東京の骨董市に出掛けました。まず、最初に『新井薬師骨董市』へ行きました。昔、古伊万里など染付陶磁器が豊富に並んでいた頃に度々訪れた市です。ここで後先も考えず、安易に買ってしまった俗称・宋胡録柿の蔕香合。自慢気に他所で紹介すると、ブーイングの嵐。「お前、何やってんの?」と言われ気が付いたのが、香溜まりと思った器内面全面の釉薬のあと。「そうでした!忘れていました!」と反省する間もなく、師匠から次の点の指摘。@デザインのアバウトさ。A表面の釉薬のくすみB器内面の釉薬のベッタ... ...続きを見る

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2014/12/29 02:45

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