チャウトゥチャ外側の「DDモール」の状況Ⅰ

6月27日より、知人の案内も兼ねて、久々にグルンテープ内を徘徊いたしました。私の場合、スワナプーン到着後、その日のうちにアユタヤまで行ってしまうので、最近の市内の状態はどんな風に様変わりしたでしょうか。  知人の情報によると、毎度おなじみのスパンクワイの骨董通りより大きい場所が近くあると言うことでしたので、行ってみました。そこは、なん…
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平成との別れ、成田市麻賀多神社(台方社)へ

 毎月1日と15日にご朱印が交付される成田市の麻賀多神社(台方社)。私はこの神社の前澱の建替え調査に参加した時からその霊域が好きになり、都度足を運ぶようになりました。今日は4月1日、新元号が発表になる日です。その発表の30分前に、「平成」の記帳をお願いしました。「平成」は、現在住んでいる成田の「成」が入っていて、好きな言葉でした。その言…
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アユタヤ・ワット・パナン・チューン2019

 POMさんに「どうも、ここのところツキが無くて,魔が外せないんだ・・」と話したところ、お祓いではないけれども、タンブンに連れていってもらいました。場所はアユタヤ、ワット・パナン・チューン。私はいつもこの寺院を川から眺めていましたが、正門くぐってのお参りは初めてです。  この寺院は、アユタヤ島の喉元に当たるパサック川左岸に位置し、島…
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カンボジア・シュムリアップ近郊から出土したと言う染付荒磯文碗

 昨年のことを振り返りますが、7月13日(土)チャウトゥチャ周辺に骨董屋さんをご案内いたしました。廃れ切ったソイ1をひとまずぶら歩きしていますと、ゲート入り口付近のお店で、骨董屋さんが無造作に重なっている中国製の碗を見つけ、ガラスケースから取り出してもらうことになりました。碗は中国製かベトナム製に見え、柄はありふれた並ものでも、B150…
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歌川国貞画『晩花美人揃之参』より中万字屋内 賤乃尾

猫の絵柄の打掛の話 江戸時代の花魁の中に大変な猫好きがいたことが、「薄雲」の項でわかりました。 しかし、猫好きが高じて簪や打掛まで猫尽くしとはにわかに信じがたいことなのですが、実際に入手した浮世絵を目のあたりにすると、本当のことの様な気になります。それも大の猫好きの歌川国芳ではなく、ライバルの歌川国貞。彼も負けずに猫を描いています。…
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歌川芳幾作「薄雲太夫」(櫓太鼓鳴吉原~猫と鼠~より)

三浦屋四郎左衛門の遊郭「薄雲太夫」と「高尾大夫」  吉原遊郭は、江戸幕府公認の遊郭で、最初は日本橋葦屋町続きの2丁四方(48,400㎡)の区画で、今の人形町2・3丁目から日本橋富沢町にまたがる地域にありました(旧吉原)。明暦2年(1656年)に大名屋敷の拡充などの理由により、浅草浅草寺裏の日本堤に移転し、この地を「新吉原」としました。…
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一勇齊(歌川)国芳作 「盟結艶立額(ちかいむすぶうきなのたてがく)」 

一勇齊(歌川)国芳作 盟結艶立額(ちかいむすぶうきなのたてがく)です。猫が描かれている国芳の浮世絵がほしくて、ネットオークションで競り落としました。 嘉永3年(1850年)9月 中村座上演です。 登場人物:お祭り金五郎・額の小三・黒沢軍蔵・家主つま おぶた・宵寝の仁三・家主太郎吾■  但し、同年3月の香蝶樓(歌川)国貞板の同題名構図…
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香蝶樓(歌川)国貞作 力士・小柳常吉

千葉県出身力士 小柳常吉  一枚の相撲絵を木下南骨董市で入手しました。 小柳常吉と墨書きされた浮世絵です。やはりどんな力士か知りたくなるのが、悲しい沙我。 【小柳常吉】文化14年(1817年)~安政5年(1858年) 千葉県出身力士 上総国長柄郡高根本郷村(現在の千葉県市原市上高根)出身の大相撲力士。所属部屋は武隈部屋⇒雷部屋⇒…
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歌川豊国作「猿回し/若旦那/芸者の図」改め「初霞女猿廻(はつがすみおんなさるひき)」

おそらくこの表題は、ネットで落札した時のままだと思います。初代豊國や3代豊國は意外と猿を好んだ作品が多く見られますね。「猿回し与次郎」「話水滸傳七枚目花の絵姿・猿回し」「七変化の内猿まわし」などなど。 さて本題ですが、文化デジタルライブラリーによると、3代目豊国作「初霞女猿廻(はつがすみおんなさるまわし)」とあります。井筒屋伝兵衛(坂…
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昇亭北寿作「東都佃島之景」

昇亭北寿(しょうていほくじゅ)作、「東都佃島之景(とうとつくだじまのけい)」です。 大判一枚で、横×縦は38.0(㎝)×26.3(㎝)、後極印1印(文化12年【1815年】~天保13年【1842年】で、北寿の作画期が寛政末期(1789年~1801年)から文政7年(1824年)頃ですので、文化期(1804年~1818年)頃の作品と見られ…
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3代目豊国作「明石浦汐干狩図」

浮世絵に携わってから早2年が過ぎようとしています。 当初、浮世絵は私とは縁遠いものと考えていましたが、勉強を始めてから、この世界も実に奥が深い感じがします。しかし、現在国際評価が高い日本の文化遺産と言えば、「根付」と「浮世絵」。この片輪に足を踏み込むと、私の生活レベルなどでは、よほど勇気がなければ「浮世絵」は買うことが出来ません。事実…
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スパンクワイからチャウトゥチャの変貌

お久しぶり、元気です。生きてますョ。ここ数年、いや、初リタイヤしてからの忙しいこと!猛勉強の日々が続いています。それは、国内外の古陶磁に加えて、掛け軸と言う新しい分野、「石」、特にアクセサリーなどに用いる原石などの分野にも及び、オークション会場にも頻繁に足を運んで、色々なモノの品定めも勉強しています。これらの品々を少しずつでも紹介でき…
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韓国陶磁器の旅ヱの20 ~全羅北道・全羅南道編の9~

 忠考洞古窯跡群。ここは大変興味をそそられる場所でありましたが、地図上では一本の奥深い山道で距離感も時間も見当がつきませんでした。しかも頼るべき地図は大雑把に記入されたものばかりで、難儀しそうでした。⇒日本語版「光州」光州広域市より⇒カーナビは国道25号線を通り、光州湖を北から南へ大きく迂回する行路を…
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韓国陶磁器の旅ヱの19 ~全羅北道・全羅南道編の8~

 8月25日(木)のこの日は、国立光州博物館および忠考洞古窯群の見学です。前日は市内のシングル・モーテルでしたが、今回の大失敗の一つは、韓国用切り替えコンセントを忘れたことでした。地方に行ったら必需品ですよね。その為、デジカメやのバッテリーやらが充電出来ず、思う通りの写真が取れませんでしたので、nazonazo…
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韓国陶磁器の旅ヱの18 ~全羅北道・全羅南道編の7~

 残りもう一つの見学地は、『扶安(プアン)鎮西里(チンサリ)青磁窯跡群』ですが、午後も遅くなり、タイムリミットも迫っていました。しかしこの地もたどり着くのに難航、土地の人数人に聞きましたが、国道30号線を行ったり来たりの繰り返しばかりで、もはや何の頼りになりません。そこで自分を信じて、最後の切札にと用意したグーグル…
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韓国陶磁器の旅ヱの17 ~全羅北道・全羅南道編の6~

 扶安青磁博物館近くの食堂で海鮮うどんを堪能した後、博物館に近いと思われたコネスト「扶安(プアン)柳川里(ユチョンリ)陶窯址」を目指して車を進めましたが、最初はるかに行き過ぎて茁浦湾に出てしまったため、土地のひと複数人に道を聞くと、皆博物館の方向に逆戻りの地図を描きます。おかしい・・と元来た道をぐるぐ…
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韓国陶磁器の旅ヱの16 ~全羅北道・全羅南道編の5~

 扶安青磁博物館の続きになります。このコーナーはコレクターの寄贈品が中心(ミョンプンコレクションと解説員が言っていました)ですが、これがまた超逸品!⇒この碁盤は左端が本物ですね。⇒2階の最終コーナー近くに、硬質ガラスの床下に窯址の復元が見られる様な展示方法がありました。これはタイのスパンブリー博物館(バン・バン…
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韓国陶磁器の旅ヱの15 ~全羅北道・全羅南道編の4~

 次の日は扶安青磁博物館と周辺の古窯群を見学しました。思うに、一地方で専門の立派な博物館が建っているということは、その土地には『これがあるんだゾ。』と言う代名詞みたいなもので、当該地域が青磁の一大産地として存在していたことを窺わせます。それは、同じく青磁博物館が建つ康津地域と双璧をなすもので、韓国の高麗時代には…
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韓国陶磁器の旅ヱの14 ~全羅北道・全羅南道編の3~

 海南郡珍山里(チンサリ)青磁窯址は、nazonazo様の情報を元に、コネスト韓国地図、およびブログ「時のかけら~統制陶器~・海南郡珍山里窯跡をたずねて」であらかた内容を掴むことができましが、国立海洋文化財研究所からはかなり距離がある(往復およそ30㌔)ように思え、また現地に行ったとしても看板一つだけを見るとい…
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韓国陶磁器の旅ヱの13 ~全羅北道・全羅南道編の2~

「国立海洋文化財研究所」編の続きの写真は沈没した「新安船」の一部復元された船体です。  この『新安沈没(あるいは海底)船』は、中国元時代に建造された現在で言うところの「ジャンク船」で、約200トン級三本マストの遠洋航海用帆船でした。1323年に中国の寧波(現浙江省寧波市)を出港し、日本に向かう途中で嵐に合い…
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韓国陶磁器の旅ヱの12 ~全羅北道・全羅南道編の1~

 超多忙の日々ですが、その合間を縫うように、8月22日(月)から8月27日(土)までnazonazo様と全羅北道・全羅南道を見学する事になりました。主な行程はソウル~木浦~扶安~光州~ソウル間の博物館と窯跡です。今回はかつて回った康津(カンジン)周辺というような集中箇所ではなく、かなり広域を巡るハードな旅で、し…
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「雲龍文」ではなく「玉追い龍文」では?

タイへ渡った日本陶磁器のうち、「雲龍見込荒磯文」と言う文様タイプの磁器があります。このタイプの文様の磁器は広く東南アジアにも輸出されていて、その資料は港湾を中心に見られます。何故この手が多く見られるかと言うと、大橋康二 2004 「海を渡った陶磁器」 吉川弘文館歴史文化ライブラリー177 124頁によると、『…
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その名はフェイク仏

 先のギャラリートークの時配布した資料の中に、「どうしたらその国の陶磁器だと判かるのか?」の項目を設け、以下のように書きました。 どうしてその国の中・近世陶磁器だと判るのですか?(蒐集の立場から)    まず、その国の文献や図録、あるいは日本で紹介されている文献や図録を基礎知識と…
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あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のⅤ

3月からは成田市下総歴史民俗資料館で展示開始です。期間は4月3日(日)までです。但し、展示スペースの関係から展示品は1/2となりました。しかし今回の企画はこの資料館で行う予定でしたので、ギャラリーは思いっきり背伸びさせていただいた感があります。少しもの足りないかもしれませんが、ご容赦のほどを・・。
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あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のⅣ

先月の2月21日(日)は、ギャラリートークがあり、多くの方が訪れていました。この成田市文化芸術センタースカイタウンギャラリーでの展示は2月28日(日)に終了しました。約一ヵ月間の来館者数は、1,500名を超えたとのことです。3月からは引き続き成田市下総歴史民俗資料館において展示されます。 ※また、当日用に配布された資料です。※「陶磁器…
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あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のⅢ

 ⇒残りのコーナーです。日本では、特にタイから採取した陶磁器を紹介しました。破片ですが、私が特に力を入れたかったコーナーです。⇒アユタヤ・チャオプラヤ―川から揚がった「武雄系唐津」です。「古武雄」の名称も検討しましたが、生産地などの問題点もあり、少し慎重に言葉を選びました。⇒後列右に、今回ピサヌロークのナン川か…
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あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のⅡ

 引き続き展示会をお楽しみ下さい。⇒中国・ベトナムのコーナーです。⇒展示会直前にタイっで購入したベトナム魚文の皿です。一点モノとして映えましたね。⇒ベトナム・中国の小物です。⇒ハイ!鑑定団の「ラーメン丼」、龍泉窯鉢です。⇒朝鮮半島の陶磁器も少し展示しました。⇒もとに戻りますが、タイの焼締陶器を中心に展示した。⇒…
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あっと言う間に「埴輪の世界」「陶磁器の世界」展開催のⅠ

展示会の候補となった陶磁器を紹介しているうちに、タイムリミット。早すぎるぅ~!それでは会場にどうぞ! ⇒まず、外観からどうぞ。JR成田駅脇です。⇒私は「陶磁器の世界」担当ですので、このコーナーへどうぞ。流れは、国別にミャンマー➡タイ➡カンボジア➡の順です。⇒蟋蟀容器…
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今年もよろしくお願いします。~多彩人物文陶板~

 新年おめでとうございます。昨年後半は忙殺されてしまい、愛読者様にご迷惑おかけしました。今年も2月~3月にかけての展示会準備と、出だしからいきなり多忙の日々となりました。時間を見てブログも全力投球します。  大晦日、いつものように「成田オークション」に顔を出しました。一巡すると、店の…
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展示会出品リストの4 ―タイ陶磁器④―

 その4は、焼締系の最後です。 13褐釉双耳壺 生産地:タイ・ノイ川窯址群 15世紀~16世紀 口径12.5,器高27.9,底径11.1(cm) タイ・アユタヤ チャオプラヤー川出土  14 灰釉双耳壺 生産地:タイ・ノイ川窯址群 15世紀~16世紀 口径8.1,器高26…
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展示会出品リストの3 ―タイ陶磁器③―

 リストの③です。 10 叩目文土器壺(ハンネラ手) 生産地:アユタヤ近郊窯群 17世紀前半 口径14.1,器高18.1(cm) タイ・アユタヤ チャオプラヤー川出土 11 叩目文土器壺(ハンネラ手) 生産地:アユタヤ近郊窯群 16世紀後半 口径16.6,器…
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展示会出品リストの2 ―タイ陶磁器②―

 リストの②です。8 無釉焼締貼花文壺 タイ・シィー・サッチャナーライ窯址群 14世紀~15世紀 口径21.4,器高31.2,底径18.2(cm) 伝:タイ・ターク山中出土 9 無釉焼締貼花文壺 タイ・シィー・サッチャナーライ窯址群 14世紀~15世紀 口径1…
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展示会出品リストの1 ―タイ陶磁器①―

『2月から3月にかけて展示会をやるので、出品してくれないか。』とのこと。私は東・東南アジアの陶磁器を蒐集していますが、展示品として耐えうる一級品は所有していません。しかし、多くの人に見ていただけるならばと、恥を忍んで100点以上の陶磁器をリストアップしました。はじめにタイ陶磁器を紹介します。1 褐釉四耳壺 …
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アユタヤ・フォアロー市場で購入したラッタナ仏

5月12日(火)のアユタヤ・フォアロー市場で、ある仏様との運命的な出会いがありました。 その日はとても暑く、お店も早じまいの感がありました。仕方なく早足で回っていると、プラクルアンなどを中心としたエリアで、大きな仏様がエアパッキンの上に無造作にごろりと置かれていました。一見して派手なラッタナ仏。時代もありそ…
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骨董を含むアユタヤ・フォアロー市場の朝市の2

 12日(火)は夜中の帰国でしたのでEMSを1箱アユタヤの郵便局に預け、フォアローの午前中の市場に急ぎ向かいましたが、時間が10時過ぎとなり、しかも気温が40度にも届こうかと言う悪い状況が重なって、早々の店じまいの途中でした。出店も少なかった様です。⇒今回目に入ったのは、真鍮製のいわゆる『南蛮砂張』。味のある渋…
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続・アユタヤの川揚げヱの34 ―日本人町近く―

11日(月曜日)は、nazonazoさんが参加されての川揚げとなりました。昨日は私から「日本人町近く」を指定しておきましたので、朝食後さっそく現地に向かいました。⇒気が付くと日本人町下方約1km付近に新たな橋を建設中でした。景観が変わるな~。⇒唐津陶片も揚がりました。ここは比較的美しい状態の陶片が揚がります。また…
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続・アユタヤの川揚げヱの33 ーワット・カイティア付近―

10日は、日曜日にもかかわらず川揚げです。10月頃の洪水や、1月頃の水の冷たい時期に潜れない事を考えると、無理もないことですね。ワット・カイティア付近は、中国・ベトナム陶磁器に混じって肥前陶磁器も若干揚がりますが、それ以外にも銅鑼など面白い遺物も揚がります。⇒これは「船釘」と言ってました。沈没船でもあるのでし…
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5/9チャウトゥチャ市場【周辺】状況

9日の土曜日はPOMさんが出店のため、同乗しグルンテープへ。午前中だけですので、急ぎ足で市場外側の露店を回りました。私がご紹介できる範囲は、ガンペーン・ペッ通りとパホンヨーティン通りが接する角地からBTSスパンクワイの間です。この通りはガンペーン・ペッ通りの業者が移動したこともあって、以前にも増して賑わって…
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続・アユタヤの川揚げヱの32 ―ポムベット砦付近の川揚げ―

8日(金)の川揚げは、ポムベット砦近くです。 Pom Phet Foortresw【ポムぺット要塞(砦】は、東南部のロップリー川とチャオプラヤー川が合流する地点に位置します。環濠都市を守る要塞はチャクラパット王・マハータンマラーチャー王の代に、城壁や要塞(砦)を木造からレンガやラテライトで築き直し、西洋風の…
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続・アユタヤの川揚げヱの31 ―ワット・ラムニー付近の川揚げ―

この日は、アユタヤ環濠地域を離れて、チャオプラヤー川を遡ってアントーン近くまで陸路で行き、繫留していたワット・ラムニー付近での川揚げとなりましたが、地図上で捉えられない寺名です。アバウトな位置関係は分かるのですが・・。⇒作業開始です。中国産褐釉短頸壺が揚がっています。⇒遺物だけが船先からにゅ~っ…
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続・アユタヤの川揚げヱの30 ーワット・タ・ウェイのチェディ出土のせん仏 ―

 5月は6日(水)から13日(水)までアユタヤへ行ってきました。連休中はお土産品を揃える目的で幕張のビッグサイトフリーマーケットへ行き、また骨董品では平和島全国古民具骨董まつり、果ては東京プリンスホテルのザ・美術骨董ショーまで足を延ばしましたが、節約のため、骨董品はほぼ何も買えずに退散しました。 さて、出国の…
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川揚がり銅鑼その後 ―砂張銅鑼―

 1月26日(月)に揚がった『銅鑼』。その後調べて見た処ところ、類例を発見しました。その類例は、本多 弘(著) 2001 「南海の美術工芸」 里文出版の『Ⅵ 砂張・南鐐』の66頁にありました。同書によりますと、これは「砂張銅鑼」と呼ばれる類です。砂張(佐波里・沙波里=さはり)とは、銅に錫や鉛(銀)を加えた黄白色…
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続・アユタヤの川揚げヱの19

 アベックの舟渡しで時間的ロスが生じましたが、最終日の川揚げ開始です。⇒シィー・サッチャナーライ双耳壺が揚がりました。⇒定番のハンネラ壺です。⇒そうこうしているうちに、お昼時となりました。適当な時間に頂くのは定番のカオパット。⇒「これも食べてみな。」と渡されたマメ科の様な食べ物。ピーナッツに似た味でしたが、後で…
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続・アユタヤの川揚げヱの18 ーポルトガル人町居留区ー

いざ川揚げへ!と乗船しようとしたところ、日本人町にいたアベックから、「対岸に渡してほしい。」と申し入れされたので、まずアベックを対岸のポルトガル人町に渡すことにしました。また、ほど良い頃にポルトガル人町のアベックを日本人町に戻す約束であったようで、舟中の私をポルトガル人町に置いて、アベックを再びに日本人町へ渡しま…
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続・アユタヤの川揚げヱの17 ―日本人町の現状―

今回は「パイ、ムバン・イープン!」とリクエストしておきましたので、日本人町からの出航となりました。日本人町はどうなっているのか、平成24年6月26日(火)に皇太子が訪地されて以来気になっているところでした。⇒日本人町概要地図です。⇒入り口です。奥は「アユチャ日本人町の跡」の碑です。⇒南側庭園の中心歩道部分です。⇒…
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ワット・ヤイ・チャィ・モンコンで朝食

28日(水)は川揚げ最終日です。この日夜に日本に帰ります。朝食は、POMさんの自宅近くの『ワット・ヤイ・チャイ・モンコン』(Wat Yai Chai Mong Kong)で取りました。自宅近くに有名な旧跡があるというのもすごいことです。⇒この『ワット・ヤイ・チャイ・モンコン』のスリランカ風大仏塔はやや傾いてい…
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骨董を含むフォアローの定期市

27日の火曜日は、CHANTARAKASEM NATIONAL MUSEUMの北側に位置するHUA RO MARKETで、骨董品を含む定期市が開かれる日です。市は午前中のみですので速足で回りましが、その一部をご覧下さい。⇒今回は、練り物(?)の上を銀紙で包んだ小さな仏様がを購入しました。※全長10.2㎝、台座…
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続・アユタヤの川揚げヱの16

翌日の川揚げは日本人町よりも更に下ったワット・カイ・ティア近くに碇を降ろしました。この地点は古武雄がまとまって出土した地点で、期待が膨らみます。 ⇒まずは川の神様に対する聖賢なお祈りから。⇒神掛かりの勢いなのか、あまり間を置かずにシンブリーの大壺(ノイ川窯系四耳壺)を揚げてきました。川底から引き上げるのだから、…
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続・アユタヤの川揚げヱの15

翌25日(日)は、川揚げに向かいました。日曜日の休みの日なのに申し訳ないなと言う気持ちでいっぱいでしたが、川揚げ人の動きが鈍く、しかも舟のエンジンのバッテリーが上がってしまって、出航まで2時間を要しました。1月は気候的には暑いのですが、川の中の水が冷たいので、川揚げに向いていないと言えます。 ⇒やっと出航!…
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バン・パインのサイクリング歴史公園

1月24日(日)のチャウトゥチャ外側市場は、いつものように午前中で切り上げてアユタヤに戻りました。POMさんは最近サイクリングに凝っているらしく、夕方近くにパン・パイン宮殿近く(?)のサイクリング公園に行きました。この公園は、タイの歴史テーマパークの様で、歴史的な伝統家屋やワット・プラ・シー・サンペットのチェ…
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パホンヨーティン通り骨董通りの『まじない布』

パホンヨーティン通り骨董通りのあるお店で、『まじない布』を買いました。このお店の品物の流れを見ていると、最初は青銅仏などがありましたが、次に木製仏が中心になり、それが終わるとまじない布中心になりました。この様な骨董品の流れは、品薄とも言われる現在のタイ市場の動向を見ているようです。しかし『まじない布』もよくよ…
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チャウトゥチャ市場とその周辺で入手した木製品彫物部材4点

グルンテープ・チャウトゥチャ市場内とパホンヨーティン通りで、味のある木製品彫物部材を入手しました。 ⇒この木製品部材は掛物でしょうか。全長58.3㎝と長い部材です。欠損部分が見られますが、ガルーダとナーガが躍動的に彫られています。⇒ソケット状の木製彫物部材農夫像です。躍動的で、ターバンの巻き方に特徴があって…
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赤玉ポートワイン ~Delicious-Nourishing~

いつものように『成田オークション』にふらりと立ち寄った処、奥の部屋からご主人が「赤玉ポートワイン」を出してきました。「どう?珍しいでしョ」と、いつもの名調子のうんちく。『そりゃもう、今テレビで話題のアレですよね・・』と柳ゆり菜チャンのポスターを思い出しました。「まぁ、高価な骨董ですね・・。」と眺めていたところ…
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チャウトゥチャ市場外側歩道の変貌

1月24日(土)は、POMさんが毎週のグルンテープ・チャウトゥチャ市場に出店する日でしたので、アユタヤから車で便乗させて頂きました。市場の外側歩道がいつもの定位置でしたが、その歩道の露店が一掃されてしまったとの情報が入っていましたので、それも確認したかったこともありました。 ⇒ここはかつてカンペン・ペッ通り…
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大江戸骨董市で李朝粉青沙器無地扁壺を買いました。

書き忘れましたが、昨年の12月の大江戸骨董市で、李朝粉青沙器無地扁壺を買いました。ご主人は『底部高台底面内部に釉薬が掛かっていますが、焼き上がった後に手を加えてしまったらしい』として、意外と安い値段で有難く購入させて頂いたものです。私から見ると、その釉薬の溜まりは焼成時に着いてしまったもので、何の不思議もなく受け…
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骨董ジャンボリーで堅手李朝茶碗を買いました。

平成27年1月10日(土)・11日(日)は東京ビックサイトで骨董ジャンボリーが開催されました。参加店舗500軒、やはり日本一の骨董市ですね。今回は時間があったので、じっくりと回ることにしました。あるお店で器の裏に□万円、表に本日□千円と堂々の格安値段。『いやまてよ、元々□千円程度のものを□万円に見せかけていた…
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タイ王国アユタヤで採取した肥前陶磁器Ⅱ

広義の肥前陶磁器の中でも、『古武雄』と言う分類が近年言われはじめています。古武雄は『江戸時代の武雄地域のやきものの総称』で、『唐津焼と言う肥前陶器の総称の範疇にあって、江戸時代武雄領を中心とした唐津焼でも特徴のある一群で、対象となる時代は、16世紀末から江戸時代末期』とされています(九州国立博物館 2013 …
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タイ王国・アユタヤ川揚げで採取した瀬戸美濃産陶磁器

佐賀県九州陶磁文化館 1990 「海を渡った肥前のやきもの展」によると、タイ中央国立博物館に1830年~1870年の色絵磁器が掲載されています(153頁~155頁)。アユタヤ王都がビルマ軍により陥落した1767年以降、王都はアユタヤからトンブリー王朝(1767年~1782年)を経て、現在のグルンテープにチャッ…
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タイ王国・アユタヤ川揚げで採取した肥前陶磁器Ⅰ

今年もよろしくお願いします!ちょうど140,000アクセスを超えた処です。  年初は、発表を控えたアユタヤ川揚げ採取資料の肥前陶磁器を載せます。 タイ王国・アユタヤから肥前陶磁器が出土することは、古くから知られていました。陶磁器の類例の多くは、佐賀県県立九州陶磁文化館 1990 『海を渡った肥前のやきもの…
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大江戸骨董市とタイ仏像

 新井薬師骨董市を後にして、大江戸骨董市に向かいました。山の手線で約半周、少し時間を要しました。市をしばらく歩いていると、仏像が目に入りました。見慣れたスタイルで、一見してそれはタイ仏であることが分かりました。手に取らせて頂き、ルーペで眺めえていると、何かしっくりこない。『買うのやめようかなぁ』と迷っていると、…
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一草庵蔵井戸脇茶碗 銘『滝川』

新井薬師骨董市は大した収穫ナシで終わるのか・・と思いながら山門をくぐって帰路に着こうとしたところ、山門脇の奥の方で、店主とお客がと茶碗をやり取りしていました。そのやり取りを横目に、お客様が一頻り終わったところで覗き込むと、『井戸脇茶碗』と箱書きされた大きな箱が見ました。「見せてほしい。」とお願いしたところ了解…
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新井薬師骨董市と柿の蔕香合

12月の第1日曜日、久々東京の骨董市に出掛けました。まず、最初に『新井薬師骨董市』へ行きました。昔、古伊万里など染付陶磁器が豊富に並んでいた頃に度々訪れた市です。ここで後先も考えず、安易に買ってしまった俗称・宋胡録柿の蔕香合。自慢気に他所で紹介すると、ブーイングの嵐。「お前、何やってんの?」と言われ気が付いた…
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久々木下(きおろし)駅南骨董市と壺屋焼

{%ハート2webry% } 12月第1週の土曜日は、千葉県木下(きおろし)駅南骨董市に行ってきました。天気が良かったこともあり、多くの人が訪れていました。私も数点買わせて頂きましたが、その中に俗称『鬼の腕徳利』の大カケが安値で出ていましたので、参考に載せます。俗称『鬼の腕徳利(ウニヌーティー)』は、沖縄県の壺屋(つぼや)焼きの内でも無…
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アユタヤ川揚がりの合掌像軒先無釉瓦

タイ寺院の合掌像軒先瓦については、6年前にスコータイ新市街のワット・ワジタニーで新しく復元されたもの気付き、アユタヤ出土品の資料を加えて述べたことがあります。http://tb.bblog.biglobe.ne.jp/ap/tb/04fe2a8728その時点では手元に軒先無釉瓦の瓦当部分のみしか無かったのです…
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タイ土器購入時の初歩的なミス

タイであの大きな洪水があった後、一時的にタイ赤色塗彩土器が多く出回りました。特に中部地方ロップリー周辺出土と言われる土器が安く出ていたこともあって少し多めに買いましたが、実は出土したままに見えるこの土器にも意外とトリックが隠されていて、このことは意外と気づかずにいました。タイの骨董品を買う際の初歩的も初歩的も…
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大津絵「鬼の念仏」または 『鬼の寒念佛』

最近忙しく遠出が出来ないため、迷惑をおかけしながらも「成田オークション」で入手した「大津絵」をご紹介します。重ねて申し上げますが、ご亭主の紳士的な売買の元で入手された骨董品を、適正な取引で購入させて頂いております。  今回ご紹介する『大津絵』は、「鬼の念仏」あるいは「鬼の寒念佛」と呼ばれているもので、道歌は…
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韓国釜山の旅ヱのⅩⅡ ー東大新洞骨董品通りー

釜山の骨董通りは何処にあるのだろう?色々と調べてみると、『東大新洞』と言う場所にまとまっているとのネット情報を引き出すことが出来ました。1号線「東大新洞」駅を降りる頃に、今回またもや台風の影響により雨が降り出しました。 ⇒資料に書かれていた通りのコースを急ぎ足で進みましたが、それらしい通りが発見できずに、周辺を…
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韓国釜山の旅ヱのⅩⅠ ー釜山博物館の4-

1階に降りると、企画展示室・寄贈展示室があり、このうち寄贈展示室では比較的分かり易い逸品的な陶磁器が展示されていましたので、ご紹介します。所々差し込みを写し忘れてしまい、品名を落としてしまいましたが、代表的な品なので、特に説明がいらないと思います。 ⇒『青磁廣口瓶』とあります。⇒『青磁梅瓶』とあります。⇒『…
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韓国釜山の旅ヱのⅩ ー釜山博物館の3-

続くコーナーでは、『草梁倭館』(1678年~1875年)に所在した『釜山窯』が取り上げられていました。この窯跡で出土したと思われる小さな磁器片が堂々と飾られているのを見ると、『釜山窯』の歴史的価値を大切にして頂いていることを、日本人として誇らしく思いました。⇒『釜山窯』の説明版です。日本語併記はありません。⇒…
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韓国釜山の旅ヱのⅨ ー釜山博物館の2-

前回に続き、高麗時代展示資料の続きです。⇒青磁の人形です。⇒この瓶も青磁の範疇です。⇒菉山洞(りょくさんどう)窯跡発掘出土品です。菉山洞窯跡は2010年に釜山広域市江西区で調査された青磁窯(6基)で、営窯の開始時期は高麗中期12世紀前半とされ、慶尚道でも青磁が製作されたことを示す貴重な…
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韓国釜山の旅ヱのⅧ ー釜山博物館の1-

9月23日(火)の午前中は、釜山(広域市立)博物館【釜山市南区平和路63】へ行きました。⇒日本語併記の詳しい説明がとても有難いです。しかしそれが・・(別記)⇒私の写真は三国統一時代(BC57年~AD668年)以降、統一新羅時代(668年~935年)からです。まずは『陶質土器』。日本では同義語の器を『須恵器』と…
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韓国釜山の旅ヱのⅦ ー草梁倭館から釜山鎮支城へー

各種資料によりますと、『豆毛浦倭館』は東区庁舎周辺の東区佐川洞付近とあり、最寄り駅は地下鉄1号線の「釜山鎮」駅です。距離感が上手く掴めなかったので、『豆毛浦倭館』は『釜山鎮支城』の域内にあるものだと思っていましたが、城跡とは少し距離があり、別地点と考えた方が良さそうです。但し、中世『富(釜)山倭館(1407年…
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韓国釜山の旅ヱのⅥ ー釜山デパートから草梁倭館跡へー

釜山デパート骨董街の各店舗を見終わった後、西側近くに位置する龍頭山公園へ向かいました。既に釜山デパート周辺から旧『草梁倭館』域に含まれていると見られますが、『草梁倭館』跡のモニュメント的存は、やはり龍頭山公園です。この丘陵地の東端の入り口からエレベータに乗ります。⇒エレベータが上りきった処に腰曲輪状の平場があ…
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韓国釜山の旅ヱのⅤ ー釜山デパート骨董街の3ー

資料を沢山拝見したお店のご主人から、『堅手金海』茶碗を勧められました。一見すると、器内面の4箇所の目痕や高台部畳付の5箇所の目積痕、焼成による器形の歪み、縮みみよる時代ニュウ、貫入、何れもクリアしているのですが、私は新しい器に見えて、購入を躊躇していましたが、『モシ違ッテイタラ、イツデモヒキトルョ。』との言葉に甘…
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韓国釜山の旅ヱのⅣ ー釜山デパート骨董街の2ー

続いての登場は御主人自信満々の茶碗で、『コレ、ホウジョウ。』と述べられました。『ホウジョウ』の意味がよく分からなかったのですが、どうやら『宝城粉引』と呼ばれる類を指していると思われます。この茶碗も高価です。下の宝城粉引茶碗は、九州で購入したと話していました。粉引茶碗の産地は、慶尚南道西部から全羅南道東部にかけ…
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韓国釜山の旅ヱのⅢ ~釜山デパート骨董街の1~

翌日は、前回訪れた釜山デパートに向かいました。前回金海茶碗を購入したお店では、もう少し詳しく類例を見せて頂くことがで出来ました。撮影許可を頂いたので掲載しますが、何れもとても高額なので、私などはおいそれと買えない逸品ばかりでした。  その『金海』と呼ばれる種類ですが、ご主人の指摘で以下の様な種類とご教示頂き…
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韓国釜山の旅ヱのⅡ ~李朝堅手茶碗・李朝褐釉小鉢~

九徳運動公園横の骨董市では約1時間程、片付け始めた様々なお店を見る事が出来ましたが、陶磁器を扱うお店に立ち寄った際は、あまり精査出来ないままにご挨拶程度の金額で2点購入しました。 【李朝堅手茶碗】本来白色のイメージの強い堅手李朝ですが、その為なのか安売りの山に置かれていました。 最大口径14.6㎝、器高7…
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韓国釜山の旅ヱのⅠ ~九徳運動公園横の骨董市~

9月21日(日)から韓国釜山に行くことにしました。LCCエア釜山の釜山行きは成田から1便しか出ていないので、この便に時間を合わせると到着が午後4時頃。土・日に開催されるフリーマーケットには到底間に合わないはずですが、念のため空港からタクシーで直接会場へ。時刻は5時を回っていましたが、まだ見る事が出来ました!※…
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武田家印判状のⅢ

印判状は登場人物などの部分に続きます。 <本文>『土屋右衛門 奉之』 <読み下し>『土屋右衛門 奉(つかまつ)る』 <解 説> 『土屋右衛門』なる人物は誰なのか?まず思い当たるのは、武田信玄の奥近習衆6人の一人で、高名を馳せた「土屋昌次(続とも。金丸虎義の次男の金丸昌次)」上げられますが、彼の生誕…
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武田家印判状のⅡ

印判状の解読を続けます。はっきり言って素人には読めません。お店で解読された内容を記します。 <本文>『そ乃働き■悦奉』の段 <読み下し>」その働き喜ばしく」 <本文>『よって改晋新地■百五拾貫文』の段 <読み下し>『よって新地■百五拾貫文を与える』※百の前に文字が見えない様なので、ここは150貫文分の…
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武田家印判状のⅠ

今年の春先頃、成田オークションに一枚の印判状が店の奥に置かれていました。なんでも北信濃佐久の某場所からやっとの思いで入手したとのことで、ご主人も感懐深げに扱っておられました。印判状の内容をご主人と眺めておりましたら、『信州志賀落城・・新地・・貫文・・土屋・・天文・・石川・・』などの文字が読め、どうやら武田氏が…
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韓国陶磁器の旅ヱの11 ー近世倭館と倭館窯・對州窯ー

韓国陶磁器の青磁や粉青沙器など、とても貴重な逸品を蒐集する様になってきたのですが、海外と日本との陶磁器の繋がりを調べている私にとっては、何かしっくりいかないものがありました。それが今回の旅行で『高麗茶碗』と言う品に触れ、これからの蒐集の目標が定まりました。同時に、今まで知らなかった大きな課題も見えてきました。…
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韓国陶磁器の旅ヱの10 ー終章・金海茶碗を入手!ー

7月9日(水)は帰国の日です。nazonazoさんは早朝一足早くタイに旅立ちましたが、私は昼過ぎの便でしたのでホテルでゆっくりも出来たのですが、何故かあの釜山デパートが気になり、約2時間程の空き時間でもう一度訪れてみました。  釜山デパートは昨日とあまり状況が変わらなかったのですが、2階の中央部付近に陶磁器…
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韓国陶磁器の旅ヱの9 ー南浦洞釜山デパート入手の陶磁器ー

 釜山デパートの中国陶磁器専門のお店で購入した2点の陶磁器です。 ⇒1点目は高麗青磁無地平碗です。鉢とも酒杯とも捉えらる器形ですが、ここでは平碗と解釈しました。 口径13.8㎝、底径5.0㎝、器高4.2㎝~5.0㎝、体中央部厚さ0.7㎝、底部底面厚さ0.9㎝です。器形は大きく拉げていて、胎土にゴマ降り状の黒…
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韓国陶磁器の旅ヱの8 ー康津から釜山南浦洞釜山デパートへー

 7月8日(火)は康津から釜山へ戻る日です。 ⇒前日コバウ公園から撮った康津湾大口面方面の広大な眺めです。康津湾は海岸線が79㎞あると言われ、この深い入り江は何故か知多半島から見た伊勢湾を思い出し、静かな港を見ていると、青磁器を積んだ運搬船の往来や、倭寇や元軍の襲来など様々な歴史絵巻を彷彿とさせます。⇒帰りに七良…
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韓国陶磁器の旅ヱの7 ー康津郡大口面陶窯址群踏査のⅡー

車は山間部の水田や畑に繋がる山道を下っていきます。現況の地形を水田や畑に開墾し、その時に現れたであろう窯址の残存を実見できたので、『海まで青磁片が確認できる』と言う言葉を信じ、今後採集の期待は高まりました。 ⇒タンジョン堤を下り、細い支谷をつぶさに入り込みますが、夏草に覆われて思う様に踏査が出来ません。⇒タ…
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韓国陶磁器の旅ヱの6 ー康津郡大口面陶窯址群踏査のⅠー

全羅南道康津郡大口面に所在する康津大口面陶窯址は、1963年に大韓民国指定史跡第68号に指定された、統一新羅時代後期から高麗時代末期までの約500年間続いた古窯址群です。古窯址は183基所在しているとされ、大口面の龍雲里・桂栗里・沙堂里・水洞里など約67万㎡にわたり広範に広がっています。窯址群は大正3(191…
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韓国陶磁器の旅ヱの5 ー康津青磁博物館のⅢー

康津青磁博物館の逸品の続きです。⇒館内の逸品を堪能した後は、館外の窯址の展示場へ。思ったよりコンパクトに造られていることが分かりました。これらの窯址が山麓に所在している・・私の中で、この土地に所在する窯址群のイメージは出来上がりつつありました。⇒あたりがうす暗くなってきたので、康津邑内に戻り、宿泊場所を探しました…
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韓国陶磁器の旅ヱの3 ーソウル~釜山~康津・康津青磁博物館へー

台風情報が気になる中、ソウル駅からKTXで釜山駅へ。3時間程で11,000円程也。さながら初期型「こだま」号の感じでした。これではまぁ、座って3時間が限度ですネ。 ⇒どこぞやらで見た風景・・あ、パリ北駅だ。KTX車両もたしか、フランス製でしたよね。⇒釜山駅。⇒地下鉄釜山駅で見た、さわやか美人。しっかしスタイ…
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韓国陶磁器の旅ヱの2 ー踏十里古美術商店街Ⅱー

『金沙里』のお店のあるこの界隈には、韓国骨董の面白い品々が揃っています。もちろん古陶磁器を置いている店が多くあり、今回も数点購入したので、少しご紹介します。⇒私は素朴な無釉焼締瓶につい気が行ってしまうのですが、今回も1本購入してしまいました。口径5.0㎝、頸部径2.5㎝、胴部最大径11.9㎝、底径8.1㎝で、…
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韓国陶磁器の旅ヱの1 ~踏十里古美術商店街Ⅰ~

今回はソウルから釜山、康津までの旅です。初日は久々、ソウルの踏十里古美術商店街からです。nazonazoさんと現地で待ち合わせをしました。⇒『踏十里古美術商店街』のパンフレット。三カ国対応です。⇒最初に『踏十里古美術發展協議会』副会長のお店『金沙里』へ。品が手堅く、それぞれかなりの高価な品が目立ちました。最初…
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無地刷毛目茶碗を購入しました。

行きつけの『成田オークション』で、店に出したばかりという無地刷毛目茶碗が、「よく分からないから・・」と言う理由で1200B程で売りに出ていました。茶碗を手に取るや、「ん♬」と直感で即決購入。さて、この無地刷毛目茶碗の見所なんですが・・ ⇒まずは裏返して高台部を確認。底径5.5㎝、高台部高さ1.2…
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アユタヤで購入した青銅仏残片のⅡ

青銅仏残片の続きです。立像形で、残存長9.4㎝、残存幅4.6㎝、足幅3.5㎝、重さ239g程です。脚部までの背面は平らで、脚部及び足部は平行に立ち、両足裏に丸くて太い円錐状のソケットが付きます。偏平足で、足先は平行に並び、指間の溝は浅く、指間はほぼ同じ幅に切られています。この部分だけでは帰属時期の判断が難しい…
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アユタヤで購入した青銅仏残片のⅠ

5月のアユタヤ川揚げ最終日に荷作りをしていた時、POMさんが「そういえば仏像の残欠があるよ。」と言って4点程出してきました。私は荷作りに気をとらわれていたいたため、中身もよく確認しないでさっさとお金を渡して荷に詰め込んでしまいました。その時「これタワーの・・」と言いかけたと思いましたが、半分聞き流してしまい、…
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続・アユタヤ川揚げヱの14

4日(日)は帰国日ですが、川揚げ職人がひと肌脱いでくれるとのことで、15時近くまで舟に乗る事になりました。気の良い人達です。 ⇒クロンサヴァの村で、我楽多の山を今一度見直して見たところ、肥前系唐草文大鉢と思われる磁器片がありました。⇒某番組で『シンブリ』と紹介された四耳壺は15万円と評価されていましたねぇ。…
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アユタヤからチャウトゥチャ市場ヱ

土曜日はPOMさんがチャウトゥチャ外側露店に出店する日なので、便乗することにしました。 ⇒ご存じスパンクワィ。我楽多に目が輝きます。⇒何故か惹かれた專仏。売り手は確かランプーンの人だったかナ。⇒あ、これ私はよく分かりませんが、古布です。図柄が面白かったので買いました。⇒悲しいかな、つい陶片にも目が行ってしま…
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続・アユタヤの川揚げヱの13

5月2日(金)ですが、この日はnazonaozさんがアユタヤ川揚げに初参加される日です。 待機していた早朝のクロンサヴァです。決して豊かとは言えないこの集落なのですが、今の暮らしなりのお供え物で屋敷神へのお祈りを行なっています。習慣として、おそらく毎日欠かさず続けているのでしょう。自然や土地のピー(精霊)で…
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続・アユタヤの川揚げヱの12

5月1日(木)はチャオプラヤー川・パサック川合流地点から南下し、国道356号陸橋から約2km程下った地点から川揚げを開始します。⇒やや不漁でした。⇒川に浮かぶ?を取ってみました。羽子板の羽の様。⇒お昼は定番カオパット。⇒「移動するぞ!」の一声で4隻が一斉に動き出します。こんどは国道356号陸橋を1km程北上し…
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続・アユタヤの川揚げヱの11

翌日は町中の「肉まん屋」で昼食を用意し、船着き場近くの店で朝食。カオパットがあればどこでもOK。⇒さあ、行くべぇか!あ、言い忘れてましたけど、舟中はライフジャケットも着けず、燃料タンクやボンベ類が同居していますので、くれぐれも「多人数の物見遊山的な川揚げツアー」などを企画されませんように(時々耳に入りますョ)!⇒…
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